コロロン 〜孤独な自転車レース好き〜

2015年2月まで「ツール・ド・フランス」を「ロマンス街道ツアー」みたいな人気旅行企画と勘違いするくらいロードレースに興味がなかった筆者が、一瞬ではハマった自転車レースのことや自転車にまつわる日々を記すブログ(注:私はレース走りません)

さいたまクリテの見方について

さいたまクリテリウムについて、レースレポートは書きません。
なんでかっていうと、どう書いていいのか、わからなくなったからです。

今日の文章は、長年サイクルロードレースを見ている方からすると「なんだ今更」って感じだと思うし、
逆に今年初めてさいたまクリテリウムを見たような人からすると「え!そんなのわざわざ書かなくていいじゃない、ひどい」って思うかもしれません。

でも、さいたまクリテが初観戦でロードレースを好きになった人は、おそらく、そのうち、私が感じたのと同じようなショックを受けて、戸惑う日が来ると思います。そのとき、その誰かが「おなじような気持ちになったひとはいないのか」って検索したときに、一つの考え方として届くように、書いておこうと思いました。


さいたまクリテリウムは、興行レースです。
興行レースっていうのは、一言でまとめるなら、「レースの筋書きが決まっているレース」のことです。


ロードレースを見始めたころから、この「興行レース」という言葉は知っていて「さいたまクリテリウムが興行レースだ」ということも知っていて、それを私は、こう捉えていました。
「きっと各チームのエースを、平坦のスプリントが得意な選手じゃなくて、ツールで活躍した選手とか有名な選手にするんだろう。勝つことに重きをおいてないレースなんだな。あと、アタックする選手とかも、暗黙の了解とかで決めてるのかな」

プロレスとかに詳しいひとなら「興行レースってプロレスのようなものだよ」でわかるのかもしれませんが、私はプロレスがよくわかっていないので、そう説明されたものを聞いても、「各チームが勝利を第一目的にしていないレース」くらいにしか思ってなかったのです。


でも、今年の上海クリテリウムを見て、その結果としてフルームが勝ったのをみて、考えが変わりました。
もし、興行クリテっていうものが私の考え通りだとしたら、あの出場選手たちの中で、フルームが勝つわけないのです。
私の考えているような、甘い次元の意識のすり合わせじゃなくて、もっともっといろんなことが、暗黙の了解なのかそれとも事前に打ち合わせをしているのかわかりませんが、決まっているんじゃないかと思ったのです。

そして、先日、自転車レース観戦好きのひとが集まるイベントの中の話で、私の考えが間違っていたっていうことに完全にとどめをさされました。





正直に言います。
ものすごくショックでした。


最初に思い出したのは、2015年のさいたまクリテで、ホアキンがメモを忍ばせてきて「キョウハ、カチマス」って日本語で言ったことでした。
その次に思い出したのは、2016年のユキヤとフミの逃げでした。
最後に思い出したのは、去年となりの席で、ラスト一周、必死に初山選手の名前を呼んで応援していた、となりの席の男性でした。

裏切られたような気持ちがしました。
今年のさいたまクリテリウムを見に行くか、とても迷いました。

あの、アタックや、スプリントも、全部決まってたの?
それとも、あれは本気なの?
もしくは、打ち合わせせずとも、暗黙の了解で決まってたの?

すごくすごく辛かったです。



「もういいや!さいたまクリテは、なかなか日本にこない選手を眺める機会と思おう!」
と考えを切り替えようとしましたが、それでも、心のもやもやは晴れませんでした。
もはや、「レースを見る」という、わくわくした気持ちはなかったと思います。「選手を見る」ために行ってました。


中途半端な気持ちのまま、クリテリウム当日の9時すぎにさいたま新都心駅につき、場所を確保しました。
さすがにフラムルージュ前に来たときは、ああ、これ、フラムルージュなんだってテンションがあがりましたが。

最初に行われたのは、スプリントレースで、4人ずつ競輪みたいに残り1km地点までみんなで走って、最後だけスプリントするというレースでした。
私の位置はまだスプリント開始しないとこだったので、選手の名前を呼ぶくらいでした。

その次に行われたのは、タイムトライアルでした。
選手みんながそれぞれ真剣に走っている中、サンウェブのバルギルだけが、途中でとっとと隊列組んで走るのをやめて、はにかんでお客さんに手を振りながら走っていて、「もうバルギルやめちゃった」って笑いながら、正直もやもやは大きくなりました。


そして、実際の本レース。



なんかそんなんどうでもよくなった。


なんなんですかね。
結局、レースの見方がおんなじだったんですよ。


普段のレースで、グランツールとかだったら、
「んーむ。逃げが5人か。今日は最後に2級山岳があるステージで、おそらくこの山に入る前に逃げは捕まる。
今日の優勝候補はプロトン内にいるけど、先に中間スプリントがあってこのポイントをとりにくるから、優勝候補のチームよりも先にスプリンターチームが牽引するんだな」
とかって考えながら見ているんですけど、

さいたまクリテもほぼ同様でした。
目の前を通り過ぎる選手と、約1分遅れの中継映像をスマホで確認しながら、
(まず逃げが5人か……。ふむ、ってことは中間スプリントを狙っているのは、ここと違うチームっていう演出なのかな。
普通に考えたら、ディメンションデータとクイックステップがカヴとキッテルでくるけど……ああ、やっぱり逃げには入れてない。そうか、まず中間スプリント前でいったん捕まえるということか。あ、逃げが来た!)
「みかるー!!!」←逃げに乗ってたスカイのクヴィアトコウスキーを応援
(でも、このままこの逃げ集団が中間スプリントを取れる可能性は……あ、プロトンだ)
「ふみー!」
「まりのー!!」

しばらくして。

(あ、さっきまで逃げを追うのをやめてた集団がちょっと活性化したぞ。クイックステップの誰かがひいているな。だれだかわからないけどとりあえず)
「じゅりあーん!!」←クイックステップのジュリアン・ヴェルモトの名前をとりあえず叫ぶ

またしばらくして。


(さあ先頭にいるのはフルーム、ウラン、バルギル、ヴァンアーヴェルマート。今日の優勝をスプリンターにとらせるなら、追わなきゃいけないのはディメンションデータとクイックステップ。残りはだいたい10kmでタイム差が20秒)
「りごー!!!」←ウランを応援
(ということは逆にこのタイム差を続けるなら、残り5km切るくらいまではまだ泳がせておける……。うん?メイン集団、遅いぞ。)
「まりのー!!」
(ということは、とっとと捕まえずにギリギリまで泳がせる展開にするのか)


みたいな感じ。

結局のところ、普段は『各チームの作戦が加味された上で起こった現実のレース展開』VS『私の考える展開』で見てるレースが、
『興行クリテ側が見せるレース展開』VS『私の考える展開』、になっていただけでした。

あと、集団のスピードが、選手の顔を判別できるか否かでわかるので、逃しているのか追いたいのか、テレビで中継をみるよりもレース展開を考える上でとても参考になりました。

本当のレースにある「驚きの展開」とか「意外な選手の活躍」とかはありません。
有名選手を目立たせた上で、ロードレースの戦略のお手本通りの展開が続くのです。

でも逆に言うと、実際のレースを見ながらレース展開予測ができるくらいまで、自分がレース観戦できるようになったかは、さいたまクリテで確認ができます。



さいたまクリテリウムは、興行レースです。
ジャパンカップで見られるような、本気の緊張感や攻防はないのかもしれません。

それでも、一年間かけて覚えた、各チームのエース選手の名前と脚質。それらと、日本人の有力選手の名前を覚えれば、本当のレースと違ってだいたいのレース展開は読めます。
自分が、レース展開を考えられるようになったかを確認しながら見ると、また違う見方ができるかもしれません。


まだ、もやもやは消えてないです。
現状の私は、どこまでが決まりごとでどこからが本気なのか、それについて考えることを放棄しています。
だけど、レースの勝敗を意識せずに見ても、それでもクリテリウムレースは面白いし、楽しめました。

それは、本当でした。



あと。
まっっっっっっったく話は変わるのですが。

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お仕事中の砂田さんが、超かっこよかったです。

おわり!

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